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日本の宇宙開発はなぜ成功し続けるのか

ロケットの相次ぐ打ち上げ失敗など、2000年前後の日本の宇宙開発は実に厳しい状況が続いていました。ところが一転、ここ5年間は連戦連勝の成果を収めています。その背景には一体何が隠されているのでしょうか。

 ロケットの相次ぐ打ち上げ失敗など、2000年前後の日本の宇宙開発は実に厳しい状況が続いていました。ところが一転、ここ5年間は連戦連勝の成果を収めています。その背景には一体何が隠されているのでしょうか。

好調な日本の宇宙開発

 最近、日本の宇宙開発が好調です。宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、昨年、国際宇宙ステーション(ISS)の日本実験棟「きぼう」の建設を完成させました。若田光一宇宙飛行士に続いて、現在、野口聡一宇宙飛行士がISSに長期滞在しています。また、H-IIAロケットやその能力増強型ロケットであるH-IIB試験機1号機の打ち上げも連続して成功し、それらによって打ち上げられた月周回衛星「かぐや」や温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」、宇宙ステーション補給機(HTV)技術実証機も成果を上げ、世界各国から高い評価を受けています。

 例えば、いぶきは地球温暖化の要因となる二酸化炭素やメタンガスを観測することがミッションですが、アメリカ航空宇宙局(NASA)が炭素観測衛星「OCO(Orbiting Carbon Observatory)」の打ち上げに失敗してしまった現在、温室効果ガスを観測できる世界で唯一の人工衛星であり、地球温暖化対策への貢献を国内外から期待されています。

失敗続きの5年間

 これらの宇宙機システムは、人類が創り出しているシステムの中で最も大規模かつ複雑なシステムのひとつであり、このように連戦連勝の成果を残すことは並大抵のことではありません。実際、過去10年間の日本の宇宙開発を振り返ると、成功続きの5年間の前には苦悩に満ちた失敗続きの5年間がありました。

 まず、1999年11月15日には、H-IIロケット8号機が第1段エンジンの突然の停止によって飛行すべき軌道をはずれ、失敗しました。年が明けて2000年2月10日には、M-Vロケット4号機が第1段ノズル破壊による速度不足によって失敗しました。その後、さまざまな原因究明や対策を行い、H-IIロケットについては後継機のH-IIAロケット試験機1号機を2001年8月29日、M-Vロケットについては2003年5月9日に5号機を打ち上げ、共に成功しました。

 ところが、2003年10月25日には環境観測技術衛星「みどり2」が打ち上げ後約10カ月で運用異常となり機能全損によって失敗、2003年11月29日にはH-IIAロケット6号機が固体ロケット分離の不具合によって予想速度が得られずに失敗、2003年12月9日には火星探査機「のぞみ」が火星軌道投入に失敗しました。

 しかし、2005年2月26日に打ち上げられたH-IIAロケット7号機以降、日本の宇宙ミッションは連続成功に転じ、現在に至るまで10機以上のロケットの打ち上げが成功し、それらのロケットやスペースシャトルで打ち上げられた人工衛星やISSなどもほぼ完璧に成功しています。

連続成功を支えるものとは

 なぜJAXAは失敗続きの5年間から脱却し、連続成功に転じることができたのでしょうか。

 まずは、何よりも宇宙開発に携わる関係者が、それぞれの失敗対策に全力を投じ、地道に個々の技術を向上させてきたことなしには成しえなかったでしょう。しかし、それだけではないと思います。

 わたしは、JAXAにおいて、失敗したH-IIロケット8号機を含め、H-IIおよびH-IIAロケットの開発や人工衛星およびISSに搭載するソフトウェアの検証などに従事してきました。新人のころには、上司にあたるプロジェクトマネジャーから「ロケットを構成する数十万点の部品の質をそろえるのは“ムカデ競走”と同じ。飛びぬけて頑強な部品はいらないが、弱い部品があってはいけない。すべての部品が高い体力で足並みをそろえられるよう常に考えなさい」と教えられました。これらの経験から言っても、宇宙機システムのような大規模・複雑システムの開発は、それにかかわるヒトやモノの規模が大きく、組織体制や開発プロセスの違いがその成否に大きく影響します。

 実際、JAXAは2005年4月に「ミッションサクセスのための開発業務改革実施方針」を公開し、業務改革の1つとして、ミッションの成功に向けたシステムズ・エンジニアリングを積極的に取り入れ、その体制強化を目的とした組織や開発プロセスの改正、手法の開発や教育体系の整備を行いました。組織トップのコミットメントによるこの改革が現在までの日本における宇宙開発の連続成功の大きな要因になっていると考えています。

日本のSEと世界のSE

 ここでいうシステムズ・エンジニアリングとはどのようなものでしょうか。英語ではSystems Engineeringであり、宇宙分野では「SE」と略します。一般に日本でSEというと、対象とするシステムは情報システムであり、その設計や開発のプロジェクト管理などを行う業務を指すことが多いです。例えば、「彼はSEをやっています」という言葉には「彼はIT業界で働いている方です」という意味が含まれているように思います。

 それに対し、世界的なシステムエンジニアリングの国際団体であるINCOSE(International Council on Systems Engineering)によると、システムとは「多くの要素や部品が相互に絡み合って定義された目的を成し遂げるためのものであり、ハードウェア、ソフトウェア、人、情報、技術、設備、サービスおよびその他の要素を含む」と定義されています。つまり、情報システムのみが対象ではなく、宇宙航空システムや発電システムといった技術システムから、金融システムや行政システムのような社会システムも含まれます。

 また、システムズ・エンジニアリングとは、「システムを成功裏に実現するための複数の分野(ディシプリン)にまたがるアプローチおよび手段」と定義されています。本連載においてはINCOSEの定義を採用します。

システムズ・エンジニアリングはなぜ必要か?

 では、システムズ・エンジニアリングはなぜ必要なのでしょうか。

 大規模・複雑システムをつくる場合、そのシステムには数多くのステークホルダーが存在します。システムズ・エンジニアは、システムズ・エンジニアリングによってステークホルダーすべての利害関係を明らかにし、それぞれの視点に立って全体最適化を図りながら顧客や利用者が望んでいるシステムを実現できます。

 例えば、顧客や利用者が真に必要としているシステムを明確にし、システムを提供する組織が望む品質、コスト、納期のバランスを取り、システム創出に従事する各個人が行うべきそれぞれの手順と全体像を示すことができるという点で、システムズ・エンジニアリングは有用です。オーケストラの指揮者の役目を「聴衆の聞きたい音楽をつくり出すために、決められた数の演奏者と限られた時間の範囲内で、各演奏者の能力を最大限に引き出すこと」とした場合、システムズ・エンジニアは、必要とするシステムをつくり出すための指揮者の役目を担っているといえるでしょう。

 システムズ・エンジニアリングは40年以上の歴史があります。世界初のシステムズ・エンジニアリングの標準は1969年に米国が空軍向けに制定したMIL-STD-499であり、同時期に行われていた人類初の月への有人宇宙飛行計画「アポロ計画」はシステムズ・エンジニアリングによって成功したといわれています。システム開発全体を複数の段階に分け、各段階で審査を行って次に進む「段階的プロジェクト計画」方式などはアポロ計画で確立され、今でもほぼ同様の方式が世界中の宇宙ミッションに適用されています。米国では、システムズ・エンジニアリングに沿った教育がマサチューセッツ工科大学(MIT)、スタンフォード大学、海軍大学院、空軍工科大学などおよそ80校以上の研究教育機関で体系的、実践的に行われています。

日本初のシステムデザイン・マネジメント教育

 慶應義塾大学は2008年に独立大学院である「システムデザイン・マネジメント研究科(SDM研究科)」を開設しました。ここでいうシステムデザインは、「システムの価値、目的、機能、構築、運営、利害関係などあらゆる要因を将来に渡る予測も含めて創造的に考え、総合的にバランスさせ、具体的な姿にすること」を意味し、システムマネジメントは、「その実現のために多様な視点から適切な目標を立て、環境の変化や人間とシステムの関係を含むさまざまな要因を調整し、目的達成に必要なあらゆる活動を整合的に進めること」を意味します。

 システムデザイン・マネジメント学は、あらゆる大規模・複雑システムを創造的にデザインし、確実にマネジメントするための学問体系であり、SDM研究科はその能力を持つ人材の育成を行っています。

 この大学院は、システムズ・エンジニアリングを本格的に扱う日本で初めての研究教育機関で、学生の6割が官公庁、メーカー、通信、金融、マスコミ、法曹、医療、ベンチャーなどさまざまな分野での実務経験者であり、2割が留学生であり、教員のほぼ全員がビジネスや開発の現場経験者であることも特徴です。

 グローバル化や地球温暖化、少子高齢化などによって、明治維新に匹敵するパラダイムシフトが起こっている現在、SDM研究科では学生や教員が実社会の課題を持ち込み、相互に学び、教え合う「半学半教」の精神で課題解決に取り組み、国内外のさまざまな組織と連携しつつ、その成果を社会に還元しています。例えば、昨年末のアラブ首長国における原子力発電システムの国際入札において、個別の製品の性能を売り込んだ日本企業が、人材育成やシステム保守など顧客の需要を把握してシステム全体を売り込んだ韓国に負けてしまったことなどは、システムデザイン・マネジメントに関する研究教育の必要性を示す好例です。

 また、原子力発電システムや宇宙航空システムのみならず、バリアフリーシステムや人体システム、アライアンスシステムなども、多くのものとの相互関係の中で機能するという意味では、大規模・複雑システムであり、システムデザイン・マネジメントによる課題解決の対象です。

 次回からは、システムズ・エンジニアリングをベースにしたシステムデザイン・マネジメントについて紹介するとともに、システムデザイン・マネジメントの手法を取り入れる必要性について、身近な具体例などを用いながら考えていきます。

【神武直彦(慶應義塾大学)】

(ITmedia エグゼクティブ)

(MSNデジタルライフ、http://digitallife.jp.msn.com/article/article.aspx/genreid=105/articleid=497458/

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